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広布部員(創価学会財務部員)の指導や意義と精神を新人間革命に学ぶ!

年末、広布部員(創価学会の財務部員)の出番となります。

広布部員である以上、より誠意のある結果で臨みたいと思います。

その上でーー。

  • 広布部員であることの意義は?
  • 広布部員としての精神は?
  • 広布部員への指導内容は?
  • 新人間革命での財務についての指導は?

これらの点について、抑えるべき事柄を確認してみました。最後までご覧頂けるとうれしいです。

なお、「公布部員」と言う表記は間違えです。公(おおやけ)に何かするものではありません。正しくは、「広布部員」です。「広布」とは「広宣流布」のことで、日蓮大聖人の仏法を世界中に流布することです。

広布部員(創価学会財務部員)とは?功徳と使命が気になる!

広布部員(創価学会財務部員)とは、そもそもいったいなんでしょう?

簡単に言えば、献金なんですが、自ら進んで「広布部員」になり、真心からの浄財を納金するという行為です。

しかしながら、世上では、やはり、信心している以上、その功徳は?使命って何?という点での疑問があるようです。

財務をすると、どんな功徳があるのですか?

創価学会員の方にお伺いします。財務をすると、どんな功徳があるのですか?

引用先:Yahoo!知恵袋

 

私の親もそのように指導を受けて、毎年バカみたいに100万200万と財務をしたものです。
今、スッカラカン。

という回答もあればーー

自分の幸せは他人が決めるモノではありません。他人がどう言うおうが大切なのは本人の幸せだと心から思える実感なのです!

また、現実を直視してーー

近代社会は「貨幣経済」で成り立っています。その中で活動するには、どうしても「お金」が必要です。

問題は、お金の集め方にあるのです。「教祖等に祈ってもらわねば、不幸になり地獄に堕ちる」などと信徒を脅して、半ば強制的にお金をむしりとる宗教も多いですが、学会ではそのようなことはありません。あくまで協力を呼びかけているのです。つまり、学会の財務は強制ではなく任意なのです。

確かに、広布部員による学会の財務は強制ではなく任意です。

ともあれ、広布部員の創価学会員もそうでない部員さんも共に、分け隔てなく「信心を頑張って行きましょう」というスタンスは、昔も今も変わることが無い、という現実があります。

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それでは、創価学会では、広布部員(財務部員)に対して、どのような指導をしているのでしょう?

広布部員(創価学会財務部員)の指導とは?功徳や意義と精神を調査!

広布部員(創価学会財務部員)への指導には、どのようなものがあるのでしょう?財務の功徳やその意義と精神について調査してみました。

原田会長は以下のように述べています。

絶対無事故の財務

 一、今月末からは、財務納金が始まります。コロナ禍、また物価高や円安など、国民生活に大きな影響が出るなかでの、広布部員の皆さまの赤誠に、深く深く感謝いたします。

 大聖人が門下の御供養を「今の檀那等は、二十枚の金のもちいを法華経の御前にささげたり。後生の仏は疑いなし。なんぞ今生にそのしるしなからん」(新1928※新規収録)とたたえられた通り、世界広布を進めゆく財務で、福徳輝く人生を開いていけることは間違いありません。

引用先:聖教ニュース(2022年11月12日)

これからご紹介する「原田会長の指導」では、金銭に関して、厳格かつ潔癖であるべきとの指導が非常に印象的です。

財務で金額をいくらにするのか?という点に関しては、創価学会で、こうしなさい、というのではなく、「御書では、このように言われている」ので、この御文をどう捉えていくかは「貴方次第」です、ということかと。

日蓮仏法では、行(活動)と学(御書を学ぶ)の実践は「信(信心)」の両輪で、実践により、より信は深まるとしています。

金額の多寡(多い少ない)が云々ではないということです。

「自発能動」、ここがポイントです。また、洗脳やセミナーで、そのように仕向けるのではけしてない、ということです。

 一、8月から広布部員の申し込みが始まっております。財務とは、あくまでも信心から発するものであり、広布のために浄財を供養できる、その誇りと喜びと感謝が脈打つものであるというのが、戸田先生以来の伝統であります。

 ただでさえコロナ禍で厳しい経済状況の折、物価高も重なり、大変な時ではありますが、であるからこそ「貧女の一灯」の精神に立ち、一切無事故で、誇りと喜びと感謝に満ちた財務となりますよう、よろしくお願い申し上げます。

 また、改めての確認となりますが、学会においては、会員間での金銭の貸し借りや、組織で知り合った人間関係を通じての事業や商売、“マルチ商法”などは、厳禁であります。

 御書に「大果報の人をば他の敵やぶりがたし、親しみより破るべし」(新1286・全957)と仰せのように、「親しみ」につけいった「師子身中の虫」こそ、最も恐れなければなりません。

 ゆえに、金銭については、神経質なぐらい、厳格にも厳格、潔癖にも潔癖であるべきです。

 戸田先生がかつて、そうした人間が家に来たら、「門前三尺以内に入れてはならぬ。大魔がきたか、学会の敵がきたかと、にらみつけて、追い返してしまいたまえ」と、明快に指導されている通りであります。“これぐらいなら、いいのでは”という考えが毛筋ほどでもあれば、魔につけいられます。

 万が一にも、そのようなことに直面した際は、きっぱりと断り、すぐに身近な幹部へ報告してください。

 池田先生が築いてくださった、この清らかな信心の世界を、金銭絡みのトラブルなどで乱されてしまわぬよう、皆で注意し合い、守り抜いていきたいと思います。

引用先:聖教ニュース(2022年9月3日)

 

それでは次に、創価学会の財務の意義と功徳等について述べて参ります。

創価学会の財務の意義

創価学会の財務の意義はすべからく「御供養の精神」にあります。

そして、御供養の精神のあり方について重要なのは以下の3点となります。

  • どこまでも真心が大切
  • 計り知れない大功徳がある
  • 悪侶への布施を止めよ

御供養は真心が大切

日蓮大聖人は、「上野殿御返事(御書1544ページ):この大王の過去を~」で、徳勝童子が釈尊に、土の餅を供養した功徳でアショーカ大王に生まれた逸話を紹介しています。土の餅は食べられませんが、その真心こそが大切であると述べられています。

池田名誉会長は『妙法のため、広宣流布のために真心を尽くすことが、どれほど尊いことか。どれほど偉大な功徳があるか。(中略)その根本は「信心」である。「心」である。御聖訓には、「凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり(御書1596ページ)」と仰せだ。法のため、広布のため~この一点に、真摯に、わが心を結び合わせていくことが大切である。そうでなければ、何をやっても空転してしまう。ここに、功徳を積む「方程式」があるのである』と指導されています。

どこまでも、御供養は真心で行うことが肝心中の肝心です。

御供養(財務)には計り知れない大功徳がある

日蓮大聖人は、「妙密上人御消息(御書1241ページ)」で、法華経の題目をめる大聖人に対し、便りの度に「銭」を御供養する真心をめでられ、国中の人々が唱える題目の功徳が全て、「あなたの身に聚る」と称賛されています。

日蓮大聖人の御遺命である広宣流布を進めている団体は創価学会だけです。故に、大聖人直結の創価学会と共に前進することは「一切衆生の幸福の実現」を進めることになるので、その功徳は計り知れない「大功徳」となるのです。

悪侶への布施を止めよ

日蓮大聖人は、「衆生心身御書(御書1595ページ):設いこうをいたせども~」で、「真実でないことに供養すれば、大悪となっても善にならない。軽い気持ちで少しの供養であっても真実の人に供養すれば功徳は大きい(主意)」と述べられています。

正法を誹謗して、広宣流布を阻もうとする大悪に供養することは、自らも法華経の敵に連なることになります。故に大聖人は謗法への供養を厳しく戒められているのです。

日顕宗の悪侶への供養は、「其の施を止む(御書30ページ)」べきであるのです。

新人間革命の財務についての指導とは?意義と精神を学ぶ!

池田大作創価学会名誉会長の著作「新・人間革命」には、創価学会の何たるかについて、現実の活動を通じて、納得の指導やストーリーがちりばめられています。

その中から、財務について、池田先生(山本伸一)はどのように言われているのかを調査してみました。

世界広宣流布(日蓮大聖人の仏法の流布)という最高の目的の為の「浄財の寄付」。これが財務の根本となる意義に通じています。

そして、「日蓮大聖人の仏法」がいかなるものか?その信心の実践の中で得たものの大きさ。そして、その実感と確信こそが、財務の精神に繋がっているのではないでしょうか。

小説『新・人間革命』第4巻「凱旋」の章から

 山本伸一は、手元にあった御書を開いた。供養の本義を、御書に照らして、熟慮したかったからである。
 彼は、まず「白米一俵御書」を拝した。身延にいらした日蓮大聖人に、一人の信徒が白米などを供養したことへの御手紙である。

 大聖人は、その真心を讃えられ、「凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり」(全1596・新2053)と仰せになっている。つまり、信心の志、仏法への至誠の一念が、成仏の要諦であることを示されているのである。(中略)

 学会が推進する供養、財務は、すべて日蓮大聖人の御遺命である広宣流布のためのものである。大聖人の立てられた大願を成就するために行う供養は、御本仏への供養に通じよう。ならば、これに勝る供養もなければ、大善もない。ゆえに、これに勝る大功徳もないはずである。

そう思うと、伸一自身、一人の学会員として、その機会に巡り合えたことに、無量の福運と喜びを感じるのであった。

引用先:聖教新聞(2022年11月8日)

もともと学会の財源は、牧口初代会長の時代は 戸田城聖がいっさいの責任を担い、戸田が私財を投じて経費にあて、会員には 金銭的な負担はかけさせなかった。

しかし、戸田が会長に就任して間もなく、何人かの会員から、自分たちにも、学会の経費の一端を担わせてほしいとの、強い要請があり、未来の広宣流布の広がりを考えると いつまでも 戸田一人でまかないきれるものではなかった。

また、学会活動の経費を担うことは、広宣流布への供養である。戸田は同志の要請から、その門戸を、いよいよ開くべき時が来たことを感じたのである。

引用:「『新・人間革命』第4巻 凱旋の章 P125~」